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奈良地方裁判所葛城支部 平成6年(ヨ)51号 決定 1994年10月18日

債権者

梅村栄一

外四名

右債権者ら代理人弁護士

佐藤真理

宮尾耕二

黛千恵子

債務者

マルコ株式会社

右代表者代表取締役

正岡博

右債務者代理人弁護士

家郷誠之

佐井利信

主文

債務者は、平成六年一月から本案判決確定に至るまで、毎月末日限り、

1  債権者梅村栄一に対し、各金二三万七二〇〇円

2  債権者牧野美佐子に対し、各金二九万〇二一六円

3  債権者澤井礼子に対し、各金二二万〇一三五円

4  債権者中西勝子に対し、各金二三万三五三〇円

5  債権者下御領ケイ子に対し、各金二三万六八〇二円

をそれぞれ仮に支払え。

理由

第一  申立て

主文と同旨

第二  事案の概要

本件は、債権者らが債務者の従業員であるとして、雇用契約に基づく賃金請求権を被保全権利として金員仮払いの仮処分を申請したのに対し、債務者は債権者らが勤務していた店舗の営業を件外株式会社フィットファッション(以下「フィットファッション」という)に譲渡したので、債権者らは債務者の従業員たる地位を失ったとして、その賃金請求権の存在を否定し、かつ保全の必要性についても争う事案である。(以下の括弧内の表示は、関係疎明を表示したもので、例えば、甲第一号証の一を「甲一の一」、甲第二号証を「甲二」、乙第一号証を「乙一」と略して記載したものである。)

一  争いのない事実及び容易に疎明された事実

1  当事者

(1) 債務者は、繊維製品の製造販売、雑貨・医療器具販売及び食堂の経営を目的とする株式会社で(甲六四)、食堂の経営については、奈良県の橿原市と大和高田市の二ヶ所において、かに料理の専門店「かに道」を経営してきた(甲一二)。

(2) 債権者梅村栄一(以下「梅村」という)は、平成三年九月債務者にその営業にかかる橿原市四条町に所在する食堂「かに道」(以下「かに道橿原店」という)の運転手として雇用され(甲一の一)、同店に勤務してきたものである(甲二〇五の六、甲第二〇六)。

(3) 債権者牧野美佐子(以下「牧野」という)は平成元年五月に、債権者澤井礼子(以下「澤井」という)は平成四年一月に、いずれもかに道橿原店の接客係として、債権者中西勝子(以下「中西」という)は平成四年八月に、債権者下御領ケイ子(以下「下御領」という)は平成三年一〇月に、いずれも当初同店の洗い場係として、その後同店の接客係として、債務者に各雇用され、いずれも同店に勤務してきたものである(甲第二〇七号証ないし甲第二一〇号証)。

(4) 梅村、牧野、中西、下御領、澤井(以下「債権者ら」という)の勤務時間は、いずれも平成五年八月当時、午後三時から午後一一時の約八時間であった(甲二〇五の四)。

2  債務者の経歴

債務者は、昭和五三年四月二二日に繊維製品の製造販売及び雑貨・医療器具販売を目的として資本金一〇〇万円で設立され(甲二二の二)、設立時から今日まで正岡博及び池田豊治が単独又は共同して代表取締役に、設立時から平成三年一〇月二二日まで正岡規代が取締役に、昭和五九年一二月二六日から昭和六二年四月二〇日まで山浦幹生などが取締役に、平成三年一〇月二二日から今日まで田中康子及び甲斐三男などが取締役に、同四年一一月二五日から今日まで山浦幹生が監査役に各就任した(甲二二の三ないし九)。

債務者は、本来は女性用のファンデーションの製造販売が主たる事業であったが、昭和六三年八月一日目的を変更し、食堂の経営を加え(甲一二、甲二二の二)、同年九月かに道橿原店を開店し、平成二年一一月かに道高田店を開設した(甲二〇五の一)。

平成三年九月一日繊維製品の販売を直販に切り換える機会に、関係会社の一本化を図り(甲二〇五の二)、平成四年一月一六日に資本金壱億五〇八七萬円となった(甲二二の一)。そして、乙第一六号証、乙第四七号証によれば、平成五年八月三一日現在では、発行済株式総数は六三五万四八〇〇株で、資本金は三億一七七四萬円である。

そして、右発行済株式の内、正岡博が三〇六万七〇〇〇株、正岡規代が九六万株を保有している外、後記第三、一、1、(1)記載のとおり、正岡博が代表取締役、正岡規代が取締役をしている信光産業株式会社が一七九万九〇〇〇株、正岡規代が代表取締役、正岡博及び池田豊治が取締役をしている株式会社ハッピーズが六万四〇〇〇株を保有していた(乙一六)。

その後、債務者は、平成六年七月店頭公開による株式公開を行い、同月一五日から売買開始となった(甲五九の一、二)。その結果、資本金は一挙に九億三八七四万円に増大した(甲六四)。

3  事実経過

(1) かに道橿原店の従業員の間で、平成四年四月ころから、債務者の労働条件について不満が高まり、梅村を中心に、月一回行われるミーティングにおいて、これを主宰する仲川和馬(以下「仲川」という)を通じて、債権者に労働保険・有給休暇・深夜手当・定期昇給を要求するようになった(甲二〇五の四、五)。

これに対して、債務者の対応は遅く、平成五年二月に労働保険に加入し(甲二〇五の五)、同年四月梅村以外の全員に昇給を実施したが(甲二〇五の五)、一方で、債務者は、要求の先頭に立っていた梅村には、同年四月昇給させず、同年六月一三日のミーティングで仲川を通じ解雇予告を行った(甲一の一、甲二〇五の二、甲二〇六)。

そこで、梅村は、平成五年六月一九日代理人を通じて解雇予告の撤回を要求し(甲一の一)、同年七月一九日かに道橿原店の従業員一同が吉田課長をかこみ、ミーティングの場をもつことを希望した(甲三四)。

(2) しかし、債務者の対応が芳しくなかったなどもあって、平成五年七月二九日かに道橿原店の従業員のうち、梅村、牧野、中西、下御領、件外松本真佐美(以下「松本」という)、同芝明美(以下「芝」という)、同森田サナエ(以下「森田」という)、同辻本敏子(以下「辻本」という)、同池田末子(以下「池田」という)の九名が奈良県統一合同労働組合まるこかに道支部(以下「組合」という)を結成した(甲二〇五の五)。

(3) その直後、平成五年七月三〇日のミーティングに仲川、件外中野一男(以下「中野」という)などが出席し、債務者は店長を仲川から中野に交替すると発表した(甲三の一、甲二〇五の五、二〇六の二)。

(4) 平成五年八月七日、組合は、組合員九名全員で中野に会い、債務者に書面で、支部長梅村、副支部長牧野、書記長松本、会計芝、支部委員森田、辻本、中西、池田、会計監査下御領と役員名を示して、組合の結成を通知し、要求項目を掲げて同年八月一〇日に団体交渉を開催するよう申し入れた(甲二、甲二〇五の五)。

その後も、組合は、再三口頭による申し入れを行ったが、団体交渉はなかなか実現せず、平成五年一一月一日組合は内容証明郵便で団体交渉を申し入れたが(甲三の一)、これも無視された(甲二〇六)。

(5) 債務者は、平成五年九月二八日開催の取締役会に「食堂かに道に関する営業をフィットファッションに譲渡する契約の件」を提案し(甲一〇二、乙二)、同年一〇月七日フィットファッションと営業譲渡契約を締結した(甲一〇一、乙一)。

そして、同月八日官報に基準日設定公告をし(甲一〇三、乙三)、同月二〇日営業譲渡に伴う覚書を作成し(甲一四一、乙四一)、同月一五日公正取引委員会に営業譲渡届出書を提出して(甲二〇二)、同月二一日公正取引委員会に受理された(甲一〇六、乙六)。同月二五日株式総会招集通知を発送し(甲一〇四、乙四)、同月三〇日株主総会を開催し(甲一〇五、乙五)、その承認をえて、同年一一月二一日営業をフィットファッションに譲渡し(甲二〇四)、同年一二月一日公正取引委員会に営業譲渡完了報告書を提出した(甲一〇七、乙七)。フィットファッションも、平成五年一〇月二五日公正取引委員会に営業譲受届出書を提出して受理されている(乙四七)。

右営業譲渡日(平成五年一一月二一日)は、営業の譲渡に商法上株主総会の特別決議が必要であること、独占禁止法上営業譲渡につき予め公正取引委員会への届出が義務づけており、公正取引委員会がこの届出を受理した日から三〇日を経過するまでは行ってはならない規則があることから、右営業譲渡契約でこれらを契約効力発生条件にしたが(甲一〇一、乙一)、その条件を成就した日である。

(6) 債務者は、平成五年一一月二二日取締役甲斐三男を通じて、食事処を経営するにふさわしいフィットファッションに営業を譲渡した旨をかに道橿原店の従業員に通告し(甲二〇六の一)、中野がフィットファッションの祝儀三万円を各従業員に支払う一方、営業譲渡に伴う労働条件の変更や業務命令を発した(甲五の一、甲二〇五の五)。

債権者らは、いずれも一旦祝儀を受領したが(甲一二九ないし一三三、乙二九ないし三三)、後にこれと同額の金額を返還した(甲四〇の一、二、甲二〇五の五、六)。

(7) 組合は、平成五年一一月二二日、さらに同月二七日団体交渉を申し入れた(甲五の一)。

(8) フィットファッションは、件外佐藤貢(以下「佐藤」という)をかに道の支配人に選任し、平成五年一二月一日に中野がかに道橿原店に来て、従業員に佐藤を支配人と説明した(甲二〇五の五)。

そして、かに道橿原店は同月四日から一二日まで客を断り、営業を休み(甲二〇五の六)、同月六日に安川全解連奈良県連委員長の仲介を得て組合と団体交渉を行った(甲六)。

(9) その間の平成五年一二月八日、組合はかに道橿原店に書面で年末一時金を要求する活動をしたが、松本、芝はその活動に参加しなかった(甲二〇五の六)。

その後同月一五日、佐藤は、かに道橿原店の従業員に対し、就業時間を午後四時から一一時までとするなどの変更を盛り込んだ就業規則及び『FF事業部「かに道店」職場での秩序』と題する書面を手渡し(甲二〇五の六)、同日ころ個別に新規時間給を提示して、キッチンメイト労働契約の締結を申出て(甲七の一ないし三、甲二〇五の五)、大半の従業員はこれに署名捺印したが、梅村は署名捺印を拒み、牧野、中西、下御領、澤井はいずれも契約書に署名をしたものの、契約期間として「自平成五年一二月一日、至平成六年五月三一日、但し、期間満了に際し、双方契約を継続する希望のある場合は更新するものとする」との定めがあることなどを納得することができず、押印をしなかった(甲一二〇ないし一二三、乙二〇ないし二三)。

これに対し、フィットファッションは、強硬で、契約期間の導入は同社の経営方針であり、この点については譲歩出来ないと債権者ら組合員にいった(甲二〇五の一)。

この日、組合は債務者本部へ交渉に赴いたが(二〇五の六)、仲川の親戚である件外中嶌由子が先ず組合脱退を申出て(甲四七、甲二〇五の五、甲二〇五の六)、次に池田も続き(甲四九―ただし、一四日と記載)、松本、芝は交渉に参加せず、佐藤支配人と更衣室で話をしていた(甲二〇五の六)。

また、本来は池田、芝を八木駅に送るのは梅村の仕事であるのに、同日以降仲川が両名を八木駅に送ることに変わった(甲二〇五の六)。

平成五年一二月一七日には松本が組合を脱退した(甲四八)。

(10) こんななかで、同月一八日組合は債務者に団体交渉を申入れすべく佐藤に申し入れ書を交付したが、同人はこれを返してきた(甲八、甲二〇五の五)。そこで、同月二〇日、組合は代理人を通じて同様の申入れを行った(甲九の一)。

(11) 同月二一日、佐藤は、キッチンメイト労働契約書に捺印を拒否している従業員に対し、「捺印に応じない者は家に帰って知人らとよく相談してほしい、同社で働く気になって契約書に捺印するならいつでも受け入れる。同社への就職に同意しない者については債務者が引き取ると申し出ている」旨を告げ(甲二〇四、甲二〇五の二)、同月二二日、同日より債権者らを含む組合員の就労を拒否して、組合員のかに道橿原店への立入を禁止した(甲一〇の一、甲二〇五の五、甲二〇五の六)。

そこで、組合員は、組合を通じて、同日以降も就労の意思があることを伝えた(甲二〇五の六)。

同月二二日には辻本が組合を脱退したが、辻本の場合梅村の住所を本人は知らなかったのに、自宅待機中の梅村の宅に脱退届が送付されてきた(甲五〇、五一、甲二〇五の六)。

(12) フィットファッションは、債権者らに対し、同月二六日から二七日にかけて、他の従業員と同一の基準による年末賞与を支払い(乙二四ないし二八)、同月末までに、債権者らが一〇月及び一一月に得ていた給与の平均額を振込送金した(乙三四ないし三八)。

これにつき、債権者らは、債務者経営時のもので債務者の金と理解し(甲二〇五の六)、これを受領した(甲一二四ないし一二八、甲一三四ないし一三八)。

(13) 同年一二月二七日、債務者の取締役甲斐三男は、職業安定所で、債権者らを解雇していないと説明し(甲三五、二〇五の六)、債権者らに離職票を交付せず(甲五三、二〇五の六)、組合の小林執行委員長に対し、債務者での雇用を希望するならば、職種変更をしても受け入れると言明した(甲三五)。

(14) 組合は債務者に、平成五年一二月二八日組合員のかに道橿原店での就労を要求し、団体交渉を申入れ(甲一〇の一)、さらに債権者らは債務者に、同六年一月七日代理人を通じて同様の申入れを行ったが、その際債務者での就労の用意があることを伝えた(甲一一の一、甲一〇八、乙八)。

これに対し、債務者は、平成六年一月一三日代理人を通じて債権者ら代理人に回答したが、そこで債務者代理人は、債権者らを従業員として就労させる意思があると述べ、同月一九日債務者の大阪本社へ出社することを求めた(甲一〇九、甲一一〇、乙九、乙一〇)。

そこで、同月一七日組合と債権者らは債務者に、代理人を通じて申入れを行い、そこで、一方的異動命令を受けに大阪本社へ出社する義務がないと指摘して、債務者の橿原本社での団体交渉を求めた(甲一一一、乙一一)。

債務者は、同月一八日代理人を通じてこれに回答し、そこでかに道橿原店での就労でなく、債務者の従業員として就労する就労条件についての団体交渉であれば、応じると回答した(甲一一二、乙一一、乙一二)。

組合及び債権者ら代理人は債務者代理人に、同月二八日右回答に関し申し入れ(甲一五)、これに対し、債務者代理人は組合及び債権者ら代理人に同年二月一四日一部交渉事項を限定して団体交渉に応じる旨と交渉時を二月一七日午前一〇時、交渉場所を大阪本社とすることを回答した(甲一四三、一四四)。

これを受けて、組合及び債権者ら代理人は、同年二月一六日団体交渉の時期の変更と一月度賃金の支払いを求めた申し入れを行い(甲一六)、回答がなかったので、同月二八日組合代理人は債務者代理人に再度申し入れを重ね、団体交渉可能日を連絡した(甲三九の一、二)。

(15) その結果、平成六年三月一〇日、団体交渉がもたれ、債務者は、勤務地及び職種に関し、牧野につき本社総務での事務、梅村につき松阪か四日市支店での、中西につき京橋支店での、下御領につき東大阪での、澤井につき京都での各外務販売員を提案し、勤務時間に関し、午前九時から午後五時までに変更することの同意を求めたが、債権者らは勤務地、職種、勤務時間ともに難色を示し、組合はかかる配転は組合活動を出来なくするものと反対した(甲二〇五の六)。

(16) 債権者代理人は債務者に、平成六年六月一五日未払いの残業及び深夜割増賃金を請求した(甲六〇の一、二)が、債務者は、平成六年七月一八日割増賃金を非組合員に支払ったが、組合員には支払わなかった(甲二〇五の六)。

(17) そこで、債権者代理人は債務者に、再度同年七月二二日同様の請求と牧野への健康保険証の交付を申入れている(甲六一の一、二)。

(18) 債務者が従前支払っていた月額賃金は、梅村に対しては二三万七二〇〇円、牧野に対しては二九万〇二一六円、澤井に対しては二二万〇一三五円、中西に対しては二三万三五三〇円、下御領に対しては二三万六八〇二円である(争いのない事実、甲一一九)。

(19) 債権者らは、平成五年一二月二一日以降、債務者のいかなる事業所でも就労していない(争いのない事実)。

これに対し、債務者は、債権者らに平成六年一月一日以降の賃金を支払っていない(争いのない事実)。

(20) 組合は、債務者が食堂かに道に関する営業をフィットファッションに譲渡した行為(以下「本件営業譲渡」という)が仮装で、組合に対する支配介入に当たるなどとして、平成五年一二月二四日、奈良県地方労働委員会に不当労働行為救済申立を行い(甲第二〇一号証)、同委員会は現在審問中である。

二  争点

1  債権者らが平成五年一一月二二日以降も債務者の従業員たる地位を有しているか否か。

(債権者ら)

平成五年一一月二二日発効の本件営業譲渡は、法人格を悪用して営業譲渡を偽装したもので、雇用不安をあおり、短期間の雇用、賃金切下げなどの労働条件の不利益変更を押しつけ、結果として、組合壊滅をねらって行った不当労働行為であるから、無効である上、営業譲渡により、雇用関係は営業譲渡当事者間の合意のみによって引き継がれず、従業員たる債権者らの同意を必要として、債権者らはその引継に同意していないから、債務者の従業員たる地位を有している。

(債務者)

本件営業譲渡は、食堂部門の不採算が進行する事態に直面して、かに道の廃業を回避する目的で行ったもので、組合潰しを目的としたものではなく、雇用関係は営業譲渡当事者間の合意のみによって引き継がれ、労働者の同意を要しないから、債権者らは、フィットファッションの従業員たる地位を取得し、反射的に債務者の従業員たる地位を失っている。

仮に、労働契約関係の引継に労働者の同意を要するとしても、組合はフィットファッションと就労条件について団体交渉を行い、債権者らは、キッチンメイト労働契約書に署名し、平成五年一一月二二日から同年一二月二一日まで就労し、同社から給与、賞与の支給を受けているから、また牧野は債務者の健康保険証を返還し、フィットファッションの健康保険証を受領し、使用しているから、引継に同意したもので、債務者の従業員たる地位を失っている。

2  債権者らが就労していないにかかわらず、債務者に賃金支払義務があるか否か。

(債権者ら)

債権者らは、平成五年一二月二一日から従来の職場であるかに道橿原店における就労を拒否され、平成六年一月一日からの賃金の支払いがないが、同日からの就労不能は債務者の責めに帰する理由によるものであるから、債務者は債権者らに対し、同日からの賃金の支払い義務がある。

債務者が牧野につき本社総務での事務、梅村につき松阪か四日市支店での、中西につき京橋支店での、下御領につき東大阪での、澤井につき京都での各外務販売員を提案したのは、平成六年三月一〇日であるが、その提案が同月一一日からの就労請求であり、債権者らの就労拒否が債権者らの責めに帰するとしても、平成六年一月一日から六年三月一〇日までの賃金について、債務者に支払い義務がある。

(債務者)

平成五年一二月二一日ころ、債務者とフィットファッションは、債権者らを引取り、債務者の被用者として取り扱う旨の合意をし、債権者らに、先ず平成六年一月一九日債務者の大阪本社へ出社することを求め、さらに牧野につき本社総務での事務、梅村につき松阪か四日市支店での、中西につき京橋支店での、下御領につき東大阪での、澤井につき京都での各外務販売員を提案し、勤務時間に関し、午前九時から午後五時までに変更することの同意を求め、その勤務条件での就労を指示したが、債権者らはこれを拒否し、債務者にとって商法二五条一項に規制され、橿原市付近で従前どおり就労させることが不可能であるのに、かに道橿原店、従前の勤務条件での就労を求め、債務者の就労指示に従わないから、債権者らの責めに帰する理由による就労不能であり、債務者は賃金の支払い義務がない。

3  保全の必要性があるか否か。

(債権者ら)

(1) 梅村は、現在一人暮らしであるが、離れて暮らす実母(八七才)に月一〇万円の仕送りをしなければならず、自分の生活費用をいれると、月三〇万円必要であるところ、収入は月額一三万円の年金のみであり、蓄えを使い果たし、生活費用のため借金をせざるを得ない状態に追い込まれている。

(2) 牧野は、現在一人暮らしであるが、平成五年に娘の結婚費用にそれまでの蓄えを使い果たしており、現在すでに弟からの借金や銀行のカードローンによって生活を支えている状況にある。

(3) 澤井は、三人の子供との四人暮らしで、三人の子供はいずれも就職しているが、子供が家計に入れる金額はわずかで、澤井の生活を支えるには困難な状況にある。

(4) 中西は、子供一人との二人暮らしで、子供は就職しているが、子供が家計に入れる金額は約月額五万円で、中西の生活を支えることはできず、現在すでに生活費用として親戚や郵便局から借金をしている状況にある。

(5) 下御領は、夫と三人の子供の五人暮らしであるが、夫は土木作業員で収入が不安定である。蓄えは結婚した子供のために使い果たしており、現在は同居している三人の子供達から夫婦の生活費用を借りて生活している状況にある。

(6) このように、いずれの債権者も、賃金未払いにより、困窮した生活を余儀なくされている。

(7) 債務者は、賃金の支払を延ばすことによって、債権者らの組合からの脱落などを企図しており、組合は、最大時は組合員を一〇名も擁していたのに、債務者の不当労働行為によって現在債権者ら五人にまで勢力を弱められている。こうした事態を容認すれば、団結権なかんずく不当労働行為救済制度を有名無実のものとすることになる。

この面からも、保全の必要性がある。

(債務者)

(1) 債権者らは、フィットファッションの従業員になって、かに道橿原店に就労し、また債務者の他事業所への就労指示に従って就労して、賃金を得ることができるのに、就労しない者である。

(2) 牧野は、平成六年一月二〇日から「実乃花」八木店でパートとして午後五時から午後一一時まで定休日を除く毎日就労しており、澤井は、平成六年二月二一日から高田サティ内「チャパトル」店員として午前九時三〇分から午後五時三〇分まで定休日を除く毎日就労している。

(3) いずれによっても、保全の必要性がない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件営業譲渡と債権者らの地位)について

1  営業譲渡の自由について

企業が、営業譲渡の自由を有することは、債務者の主張どおりであって、企業は、何時でも、如何なる者に対し、如何なる条件で、如何なる営業を選択して譲渡するか、自由に決定することができる。

その場合、全営業について如何に利益を計上していても、選択した営業が如何に収益率が高いものであっても、原則として自由に営業譲渡することができることは、疑う余地はない。

そして、営業譲渡が不当労働行為であっても、営業譲渡契約がその当事者間で有効であって、それが有効なものとして、第三者(労働組合及び組合員以外の者)との法律関係が形成されることも、当然である。

しかし、営業譲渡の自由が保障されているからといって、営業譲渡が当然に不当労働行為に該当しないといえないし、営業譲渡が不当労働行為に該当するとき、その営業譲渡当事者らと労働組合及び組合員との法律関係において、営業譲渡を有効として取り扱うことができないことがあり得る。その意味で、営業譲渡の自由は労働法上制約される。

債務者は、全営業について多大な利益を計上し、急成長の企業である(甲二九の一ないし七、甲三〇)。しかし、食堂経営(かに道の営業)に関していえば、後記5記載のとおり、開設以来一貫して経営不振で、各決算期に営業損失が生じていたというのであるから、債務者がかに道を営業譲渡し、収益を改善しようとすることは、ありうるであろう。

そのことは、不当労働行為に該当するか否かを検討する際、不当労働行為意思を否定する間接事実の一つになるが、後記3ないし11記載の事情により債務者が不当労働行為意思を有していると認定する事情がある場合、営業損失が生じていたというだけで、本件営業譲渡が不当労働行為に該当しないと断定することができない。

2  整理解雇の要件と較べて

債務者は、債権者らを含む従業員を整理解雇し、かに道の営業を廃止するよりも、営業譲渡は従前の雇用が確保され、従業員の受ける不利益が少ないから、従業員の利益も考慮して営業譲渡を選択したと主張し、さらに、整理解雇の場合、営業上必要があること、解雇回避義務を尽くしたこと、解雇対象者の選定基準が客観的・合理的であること並びに論者によっては組合及び労働者に協議・説明義務を尽くしたことが、解雇の有効要件とされるのに対し、営業譲渡の場合、労働者の同意も要せず、労働関係は当然に引き継がれ、労働法上何らの制約がないと主張する。

その上で、債務者は、かに道の営業譲渡の場合、整理解雇の効力について指導的判例である東京高裁昭和五四年一〇月二九日判決の有効要件をも充足していたと主張するので、先ずこの点について検討する。

(1) 債務者は、繊維製品、なかんずく高級指向の女性用ファンデーション製造販売を行ってきた企業であるが、「衣食住文化の創造」なる経営理念を実現するため、外食産業では例のない高級指向のかに料理専門店の多店舗化を目指し、平成五年までに、かに道橿原店と高田店の二店舗を開設した。しかし、右二店舗に止まったため、同種事業、同種職種の事業所はなく、かかる事業所に配置転換する余地はない。また、他に奈良県下には本社と二事業所、大阪府には大阪本社と四事業所、京都府には三事業所があるが、いずれも繊維製品の製造販売を行う事業所で、かに道と職種や勤務条件が著しく異なる。そこで、もし整理解雇を行なった場合、右判例にいう「同一または遠隔でない他の事業所における他の事業部門の同一又は類似職種に充当する余地がない場合」に該当する。

また、かに道二店舗の事業の特殊性から、かに道従業員のみを解雇の対象者としても、「解雇が使用者の恣意によるものでない」し、かに道従業員全員の解雇であるならば、その解雇は「具体的な解雇対象者の選定が客観的、合理的基準に基づくもの」であり、これらの要件をも充足する。

したがって、これら要件の充足については、債務者の主張するとおりである。

(2) 債務者は、かに道二店舗を開設したものの、経営不振であったため、先ず多店舗化を断念し、次に高級指向から大衆指向に変更して、コストを見直すなど立て直し策を実施したが、従業員二八名で、年間売上高約一億円にしかならず、深刻な赤字であった。このことは、乙第一四、五号証、乙第一九号証、乙第二八号証及び甲第二〇一号証の一によって疎明され、債権者らは、債務者の他事業部門関係者への無償サービスなどを指摘するものの、積極的に右疎明に反証しないから、右事実を認めることができ、その結果かに道は今後収支改善の見通しが乏しいと推認される。

しかし、債務者は、全国に二三〇以上の事業所をもつ会社で、メインの繊維製品製造販売事業の従業員が約二〇〇〇人と規模が大きく、その事業において多額の利益を上げ、平成二年の決算で四億九〇九四万円、同三年の決算で八億五四九三万円、同四年の決算で一五億五四二五万円の申告所得を計上して、急上昇しており(甲二九の五ないし七、甲三〇)、資本金も、平成四年一月に一億五〇八七萬円であったものが(甲二二の一)、本件営業譲渡当時は三億一七七四萬円に(甲一六、甲四七)、同六年七月には店頭上場も果たして、さらに九億三八七四万円に増大している(甲五九の一、二、甲六四)。

そこで、債務者は、私企業は採算を無視して事業活動及び雇用を継続すべき義務を負わないから、他事業部門が好況でも、収益の悪い事業部門を閉鎖し、同部門の労働者を解雇する危機予防型ないし体質強化型の整理解雇も認めるべきであり、その場合は当然に、右判例にいう「企業の合理的運営上やむを得ない必要に基づくもの」の要件を充足すると主張する。

当裁判所は、危機予防型ないし体質強化型の整理解雇も、ときには右要件を充足する場合があることを否定しないが、債務者は前記経営理念を実現するため食堂経営事業に乗り出したばかりで、定款に今も食堂経営を目的に残していること(甲六四)、本件営業譲渡が行われた時期が、景気回復が底に達したことが云々され、今後回復の兆しが予想された平成五年秋であったこと、かに道は、創業期であったにかかわらず、平成三年八月決算では、二五〇〇万円程度の赤字に止まっており(乙一四)、深刻な赤字計上時である平成三、四年にも、前記第二、一、1、(2)及び(3)記載のとおり債権者らを採用していること、今後景気回復に伴い収支改善の可能性がなくもないこと及び後記3ないし11記載の事情を合わせ考慮すると、本件営業譲渡にかえて、かに道の営業を廃止し、整理解雇を行なった場合でも、右判例にいう「企業の合理的運営上やむを得ない必要に基づくもの」であったと認めるには不十分といわざるをえない。

この点で、債務者の主張する要件を充足しない。

(3) よって、債務者にとって、かに道廃業が自由であるとしても、それに伴い整理解雇をするには、従業員に誠意ある条件を提示して退職を説得し、大半の従業員がこれに応じたのに、一部の者が応じず残ったなど特段の事情がない限り、有効に従業員を整理解雇することができないものと判断する。

よって、債務者が主張するように、債権者らを含む従業員を整理解雇するよりも、営業譲渡するほうが従業員の受ける不利益がより少ないとは必ずしもいえない。

3  フィットファッションについて

(1) 信光産業株式会社は、昭和四六年三月三〇日奈良県橿原市に設立された会社で、平成五年一一月九日代表取締役に正岡博、取締役に正岡規代などが就任した(甲一九)。

株式会社ハッピーズは、昭和五六年五月一日三重県鈴鹿市に設立された会社で(甲二五の一、三)、設立時以降代表取締役に田中康子、取締役に池田豊治及び山浦幹生が就任してきたが(甲二五の三ないし七)、平成五年一一月二四日代表取締役正岡規代、取締役池田豊治及び正岡博に代わった(甲二五の一)。

マルコ熊本株式会社は、昭和五八年二月九日に設立され、平成三年一〇月二五日債務者に合併され解散したが、平成元年一一月二七日には取締役に池田豊治が就任していた(甲二七)。

マルコハウジング株式会社は、昭和六一年一〇月六日に設立され、平成三年一〇月二五日債務者に合併され解散したが、平成元年一二月二二日代表取締役に田中康子、取締役に池田豊治が就任していた(甲二八)。

マルコ本社株式会社は、昭和六一年一一月一五日に設立され、平成三年一〇月二五日債務者に合併され解散したが、平成元年一一月二七日には代表取締役に池田豊治、取締役に正岡規代及び正岡博が就任していた(甲二六)。

これら事実と前記第二、一、2記載の事実を合わせ検討すると、債務者及びこれら会社の取締役に名を連ねる正岡博、正岡規代、池田豊治、甲斐三男及び山浦幹生は債務者の関係者であると認められる。

(2) 株式会社アズ企画は、昭和六一年二月三日に設立された(甲一四)、平成元年一〇月二日本店を兵庫県尼崎市から奈良県御所市大字東松本三〇二番地に移転した会社で(甲一四)、移転時代表取締役は仲川和馬(以下「仲川」という)及び山浦幹生、取締役は池田豊治、監査役は甲斐三男であったが(甲二四の一)、平成四年九月二四日代表取締役仲川、取締役仲川重博、安川繁春の布陣に代わっている(甲一四)。

同社は、従前から債務者が日産カーリースから借り入れた車のリース代金を引き落としており(甲四一、甲四二、甲二〇五の三、甲二〇五の四)、債務者使用のリース車一〇〇台のリース代金をすべて引き落としていた時期もあり(甲二〇五の三、甲二〇五の四)、同社の社員とかに道の従業員が合同で社員旅行に出掛けたこともあった(甲二〇五の四、甲二〇六の一、検甲三)。また、営業譲渡直近でもアズ企画の売上を債務者に報告していた事実も窺われる(甲二〇六の二)。

これら事実から、株式会社アズ企画は債務者と深い関係を有すると認められる。

(3) フィットファッションは、昭和五八年四月二七日商号を「四日市マルコ株式会社」として三重県四日市市に設立された、現在資本金二〇〇万円の衣料用雑貨類の販売を営業目的とした会社で(甲一三、甲二三)、平成二年三月まで債務者の代理店であった(甲二〇五の一、甲二〇五の二)。

そして、仲川が三二株、水谷登が五株、仲川重博が三株保有し、三人で全株を有する資本金二〇〇万円の小規模会社である(乙一七)。

平成四年五月一日本店を株式会社アズ企画と同じ場合に移転し(甲一三、甲二三)、平成四年九月三〇日代表取締役に仲川を加えて、平成五年五月二五日から平成五年一一月四日までに取締役水谷登を除く全取締役が辞任し、平成五年一一月四日代表取締役に仲川高廣も就任している(甲一三)。

これら事実に加えて、株式会社アズ企画と債務者が深い関係を有すること、フィットファッションが債務者の株式を未公開当時に八〇〇〇株保有していること(乙四七)及び後記4記載のかに道での仲川の役割を顧慮すると、フィットファッションは、債務者と密接な関係があり、実質的には債務者の支配が及ぶが、本件営業譲渡時に、資本、役員、取引関係の点で表面上支配関係が薄く見える会社であった。

また、同社は、従前衣料品雑貨類の販売を行ってきたが、食堂経営の実績はなく(甲二〇五の四)、平成五年一一月四日に目的を変更し食堂の経営を加えたとして、その旨の登記を行ったのは、同月一八日で、本件営業譲渡発効の数日前であった(甲一三)。

なお、フィットファッションの収益は、平成三年期損失一三五六万九四三三円(乙五〇)、平成四年期利益二五三八万九一一五円(乙五一)、平成五年期利益一五六六万五七四七円(乙五二)であるが、利益はいずれも繰越損失により処理し、申告所得を計上していない会社で、平成四年期末には、総資産が三億四二二八萬八五〇五円もあるものの、ほとんどが売掛金、商品、前払費用で、固定資産は僅か五六万四一〇〇円に過ぎない。加えて、その販売行為が訪問販売法に違反するマルチ商法に当たるとして、平成六年九月二〇日奈良県警察本部の捜索を受けている(甲六五)。

このように、フィットファッションは、資産内容、収益、経営体質に問題を感じさせる企業である。

4  仲川について

債務者は、中野が店長に就任するまで、約二年間かに道橿原店には店長が不在であった、仲川は債務者の関係者でなく、権限を一切与えていないと主張する。

しかし、次の事実が認められる。

仲川は平成三年八月ごろから、かに道橿原店に出るようになった(甲二〇五の二、二〇六の二)。そして、仲川は、そのときから中野が店長に就任する平成五年七月末日まで、債務者橿原本社従業員、かに道橿原店・高田店両店店員から店長と呼ばれ(甲二〇六の二)、給与の支払い(同)、時給アップの通告(甲二〇八)、ミーティングの日程の決定・司会(甲二〇七)、慰労会の挨拶、早出指示(甲二〇六の二)など人事に関する業務も、営業活動の指示(甲四四、甲二〇六の一、二)、警察関係者へのサービスなどの業務の指示(甲二〇六の二)、備品購入の関与(同)、金庫の管理など営業に関する業務も行ってきた(甲二〇五の四)。

債務者は、平成三年八月二五日発行の「人材ニュース」にも担当者仲川と記載し(甲四三)、平成三年九月ごろ及び同四年一月債務者が職業安定所に提出した求人申込書にも担当者仲川と記載してきた(甲三一、甲三二の一)。

かに道橿原店では、中西、下御領、澤井、芝、池田の採用面接も仲川が行い、従業員の採用決定も行っていた(甲二〇五の二、二〇六の二)。そして、債務者も、審尋に提出した書面で、「平成五年に入ってからは同人に事実上かに道の経営を委任したような形となっていた」ことを自認している。

また、経験法則上、年商一億円の二〇名の従業員を抱える店舗に(乙一四、乙一八)、二年の長期にわたり現場責任者をおかないことや、債務者の本社関係者が店長でない者を店長と呼んでいたと判断することは難しい。

これらを総合すると、仲川と債務者との契約関係が如何なるものであったか明らかでないが、仲川が、平成三年八月ごろから平成五年七月末日まで、かに道橿原店において、店長として、その業務を行ってきたと認定することができる。

5  営業譲渡先に選定された原因

前記3、(3)記載のとおり、フィットファッションは、資産内容、収益などに問題がある上、飲食業に代表取締役仲川は格別、他は未経験で、契約時は勿論、覚書作成時にも、定款上目的に食堂の経営を有しなかった。

債務者は、フィットファッションが食事処を経営するのにふさわしい会社であると主張するが、右仲川の実家が酒屋を営み、同人が食堂経営に関心をもっていた以外に、理由らしきものを主張していない(甲二〇五の四)。

さらに、かに道は、開設以来一貫して経営不振で、平成三年八月期二二〇四万円、同四年八月期五〇六九万円、平成五年八月期五二七四万円と各決算期に営業損失が生じていた(乙一五)。その損失額は、フィットファッションの平成三、四年期の当期利益の二倍の額に達する。したがって、前記4記載のとおり、当時その業績を真先に知る立場にあった仲川が、フィットファッションのために、その自由な判断と意思に基づいて、かに道の経営を引き受けるか、疑問の残るところである。

にもかわらず、フィットファッションが営業譲渡先に選定され、同社がかに道の経営を引き受けた理由の一つは、先ず債務者と前記3記載のフィットファッション及び同4記載の仲川との密接な関係ゆえと推認することができる。

6  本件営業譲渡の協議がなされた時期

債務者は、フィットファッションに営業譲渡するのが最適と考え、平成五年三月から同社と下交渉を行い、同年七月初旬基本的合意を成立させたが、フィットファッションが夏場における譲渡に難色を示し、一一月からの譲り受けを希望したため、本件営業譲渡の時期が同年一一月になったと主張する。

しかし、これに沿う疎明は、甲第二〇五号証の一、二以外になく、同疎明は、奈良県地方労働委員会における本件不当労働行為をめぐる審問での債務者取締役の証言調書で信用性に乏しい上、債務者主張の基本合意に文書がないこと(甲二〇五の二)、後記のように契約は一一月でなく一〇月七日に行われていること、契約上譲渡日を一一月と定めていないこと、契約書も基本合意に相応する程度のものであること、契約上営業譲渡発効時期を債務者、フィットファッション双方の株主総会の承認及び法令の定める関係官庁の承認を得られたときと定めていること(甲一〇一、乙一)、営業譲渡契約書(乙一)に先に基本的合意があった旨の記載がないこと、仲川をはじめ誰も一一月二二日まで営業譲渡について話していないことなどに照らし措信しがたく、他にこれを認める疎明がないから、債務者が主張する営業譲渡の基本協議の時期が三月ないし七月であったこと及び同年七月初旬に基本的合意があったことのいずれも、これを認定することができない。

7  営業譲渡契約書と覚書について

平成五年一〇月七日、債務者とフィットファッションは、乙第一号証(営業譲渡契約書)によって本件営業譲渡を行ったが、その内容は、一般に行われる営業譲渡の標準的項目を整えているものの、譲渡価額について時価として譲渡価額を具体的に決めず、その支払方法も同様に決定せず、譲渡財産は譲渡日現在かに道に属する資産とし、同日かに道の営業に従事する従業員を承継することを抽象的に決めたに過ぎないものであって、その内容は簡略である。

また、乙第四一号証(覚書)も、簡略なもので、必要最小限度の記載しかない。営業譲渡契約書の内容が簡略な場合、覚書を詳細にするのが通常と考えられるが、本件の覚書はかかる経験法則に沿うものでない。

そして、営業譲渡契約書(乙一)では、譲渡価額について時価と定めているのに、覚書(乙四一)では、設備・備品の譲渡価額については簿価により、前払い家賃相当分の譲渡代金については、長期分割払いによっていて、齟齬があると言えなくもない。

このような取決めになった理由は、前記5で指摘した事情ゆえと判断されるほかに、この時期に何か営業譲渡を必要とした事情があったことを窺わせる。

8  組合結成後の指揮系統について

前記第二、一、3(3)記載のとおり、平成五年七月三〇日、中野がかに道橿原店の店長となった。

この点、債務者は、中野は債務者の従業員ではなく、本件営業譲渡の基本的合意が平成五年七月成立したことを受けてフィットファッションが店長として雇傭した人物であると主張する。

しかし、前記6記載のとおり右基本的合意が右時期に成立したと認定できない上、債務者の小細和則経理部長(以下「小細」という)の中野は債務者大阪本社企画からかに道に来たという発言(甲二〇五の五)、仲川が七月三〇日なした「従業員らに対し債務者の雇い入れた店長である」との説明(甲二〇五の二)、中野が牧野になした「大阪本社から来ました中野です」との発言、仲川が一二月六日なした「中野がマルコからフィットファッションに移籍した」との発言、中野自身がなした「自分はマルコからフィットファッションに移籍した」との発言及び小細が一二月八日なした「中野はマルコの本社から来た」との発言(甲二〇六の二)、中野が債務者の会長の指示といって梅村を伴い奈良県高市郡高取町などに新規開店する適地を探していたこと(甲二〇五の五)及び後記11、(3)記載の発言などが認められ、それによると、中野は債務者の従業員で、フィットファッションが雇傭した人物でないと判断することができるが、仮にそうでないとしても、平成五年七月三〇日以後同人がかに道橿原店の店長として債務者の指揮系統に加わっていた事実は、これを認めることができる。

したがって、中野は、店長として、平成五年七月三〇日から同年一一月二一日までは勿論、同日以後同年一二月一日に佐藤が支配人として着任するまで、本件営業譲渡の前後を通じて、かに道橿原店の指揮命令をとっていたと認定することができる。

9  営業譲渡後の金銭管理について

営業譲渡後の第一営業日(一一月二四日)、梅村は従来どおり釣銭を債務者橿原本社に取りに行き、従来どおりにそこで釣銭を受領した(甲三三、甲二〇六の一、甲二〇六の二)。その際、現金仕訳票(甲三三)には、債務者の経理担当事務職員池添の筆跡があり同人の印鑑が押捺してあった。

その日、梅村は仲川から、翌日から釣銭を株式会社アズ企画へとりに行くようにいわれたが、同社の事務員はフィットファッションのことを知らず要領をえなかった。そして、釣銭は仲川が持参したが、池添の筆跡のある現金仕訳票が現金に添えられており、従前と異なったのは印鑑欄が切り取られていたことのみだった(甲六二、甲二〇六の一、甲二〇六の二)。

そこで、組合員全員で抗議したが、これに対し、仲川も中野も一言も反論することができず、店長室に下りていった(甲二〇五の五、二〇五の六、甲二〇六の一、二)。その後、かに道高田店の井上由紀店長、赤熊千賀子などが押し掛け、なかには「おまえらが組合をつくったために、かに道はなくなるのじゃ。もし店をつぶしてしもたら、その補償はおまえらに起こすぞ」など言っていった者もいた(甲二〇五の五)。

債務者は、引継ぎが連絡、指示の不徹底などにより遅れることは、まま生じるところであり、右も債務者の経理担当事務職員への連絡が遅れたために生じたミスにすぎないと主張し、翌二五日に池添の筆跡のある現金仕訳票が現金に添えられていたことについても、フィットファッションより、釣り銭の具体額について問い合わせがあったので、債務者の池添が従前債務者が使用していた用紙に書き入れて教示したに過ぎないと主張するが、これに関与した梅村が経験した経過をみると、指示不徹底ゆえに、営業譲渡後も債務者の橿原本社で釣銭を用意したとも、現金仕訳票で釣銭を教示していたとも認めがたく、フィットファッションが釣銭を支出したとの甲斐三男の供述(甲二〇五の二)は、橿原本社で釣銭や現金仕訳票の交付があるのに不自然で、措信することができない。

よって、営業譲渡後の金銭管理も債権者らから指摘されるまで、債務者が引き続き行っていたと認定することができる。

10  営業譲渡後の関係先との取引について

かに道の店舗は、橿原店も高田店も賃借物件であるが、平成六年一月当時でも、橿原店の所有者福田守男、高田店の所有者森本某共に営業譲渡の事実を知らず、従って契約上賃借人は債務者のままであった(甲二〇五の二、二〇五の四、甲二〇六の二、甲二〇五の六)。

橿原店の駐車場の賃貸借についても、組合がいうまで、同土地の所有者中西は営業譲渡の事実を知らなかった(甲二〇五の四)。また、板前の社宅の賃料も、債務者名義で支払われていた(甲二〇五の六)。

平成六年二月二日になっても、かに道橿原店に原材料を納入している育栄商事、小川商店、小林豆腐店は、営業譲渡の事実を知らず、従前の債務者との取引と認識していた(甲二〇五の二、甲二〇六の六)。

株式会社ジェーシービーとの加盟店契約ついても、組合が調査した平成六年一月二四日まで、契約当事者の変更がされていなかったし、変更理由は営業譲渡ではなく、社名・代表者変更になっている(甲三六の一、二)。また債務者は当日まで株式会社住友クレジットサービスと加盟店契約を継続していた(甲三七の一、二)。

かに道橿原店で使用している営業車も、新大阪レンタリースよりマルコ藤井寺株式会社八尾支社が借りているものであるが、平成六年一月二〇日まで、契約当事者の変更がされていなかったし(甲三八)、債務者がリース料を支払っていた(甲二〇五の四)。

よって、営業譲渡後も、債務者がかに道の関係先と取引を継続していたものと認定することができる。

11  債務者側の言動

(1) 梅村は、平成三年八月二五日の新聞広告で、債務者に応募した(甲四三、甲二〇五の四)。その広告には、募集年令について35〜65才、待遇について昇給1、賞与2、各社保完備と記載されていた(同)。また、求人申込書には、募集運転手の定年は七〇才と記載されている(甲三二の一、二)。

にもかかわらず、労働保険・社会保険への加入はなく、年一回の昇給もなかった(甲二〇五の四)。そこで、梅村は、労働保険・社会保険への加入及び昇給を債務者に要請した(甲一の一、甲二〇五の四)。また、梅村は、かに道橿原店での、待遇の男女差、パートの八時間労働・ボーナス寸志など色々の問題を感じていたので、従業員の中心になって債務者に要求をしていたところ、平成五年六月一三日、募集条件の定年七〇才を無視する形で、ミーティングの席上、同年七月末日解雇の予告を受けた(甲一の一、甲二〇五の四)。

(2) 平成五年八月七日、組合の組合員九名全員で中野に会い、組合の結成を書面で債務者に通知したが(甲二、甲二〇五の五)、その当時、中野は「マルコの会長の耳に入ったら、えらいことになる」、「結成通知は俺が預かる」、「かに道橿原店は閉めるかどうするかは、私の一存」、「株式第二部上場を予定しているマルコにとって、この組合は障害」、「近日中に結成されるマルコ労働組合に加盟せよ」の発言を重ねた(甲二〇五の五、甲二〇五の六、甲二〇六の一)。

この点、債務者は、「中野は、組合結成通知を当日受け取らなかった。(これは組合に対する敵意から出た行動ではなく、このような小人数の組織は労働組合にあたらないと考えたからであって、その趣旨で、このとき、せめて「かに道」高田店とあわせて「かに道」の全従業員で組合を作ったらどうかと発言している)」と主張しているが、この主張からも、前記認定の中野の発言を窺わせるものがある。

(3) 債務者は、組合の団体交渉に応じなかったので、平成五年八月二二日ミーティングの機会に、組合員が、有給休暇の確保、午後一〇時以降の深夜手当の支給、四月に遡っての昇給実施、賞与配分のイレギュラー是正、定休日の新設、人手不足の補充、掃除のための三〇分早出の解消など、組合の要求項目に触れるようにしたが、中野は、これに答えなかった(ちなみに、償務者は、前記8記載のとおり中野は債務者の従業員でないとしながら、これを団体交渉と主張する)。

そして、中野は、その要求に誠意を示さず、平成五年九月「用事があれば、個々に店長室に来い」と発言し(甲二〇五の五)、その後同年一〇月にかけて、組合員である従業員を一人ひとり呼び出すなどして、次のような発言を行った(甲三の一、甲四六、甲二〇六の一)。

かに道橿原店三階大広間で、中野に食事を運んできた辻本に対し、「芝さんと(下)御領さん、この二人どう思うか」、「組合止めたらどうか」といい、また別の機会に、「牧野を高田に行かすかわからない」、「組合止めたらいいのと違うか」といった。

また、中野は、池田を喫茶店ヒロに呼出し、同人に対し、「梅村が下御領を自分の方にひっぱりこもうとしているのと違うか。会社から聞いているんやけどねえ」といい、下御領を店長室に呼出し、「(下)御領さん、牧野のかわりに帳場をやる気ないか」、「梅村、牧野は本部では必要ない。この二人、できているのと違うか。本部には、データがある」といい、森田に対し店長室で、「梅村さんと牧野さんはできているのと違うか」、「牧野さんを本部はいらないと考えている。牧野さんについて、どう思うか」、「下御領さんと芝さんを帳場で使おうと思っているが、どちらが適当か」、「池田さんと沢井さんは、どういう性格の人か」、「かに道で口の軽い人は、誰か」といった。

また、同人は、帳場で顔を合わせる従業員に対し、再々「僕は、マルコの会長にここの店を任せられている。いつでも、僕の考え一つで閉められる。会長は気短がであり、僕も短気だ」と繰り返した。

(4) これらの言動のうち、(1)記載の事実は債務者が労働法規や労働契約を遵守しようとしない傾向とそれを守らせようとする動きに対する嫌悪感を示しており、(2)記載の事実は債務者側の組合に対する支配介入に該当し、(3)記載の事実は同様支配介入に該当するか、その疑いがあるもので、(2)及び(3)記載の事実は、本件営業譲渡の動きと時期を一にし、当時債務者が不当労働行為意思を有していたことを推認させるものである。

債務者は、中野は債務者の従業員でないと主張しているが、前記8記載のとおり、右主張は措信しがたく、百歩譲って仮に債務者の主張が事実だとしても、同人は平成五年一一月二一日までは債務者の営むかに道橿原店の店長であり、債務者側に立って組合員をはじめ従業員に指揮命令していた者であるうえ、その発言内容は債務者本社の意向が汲み取れるものであるから、同人の言動は債務者側の言動と判断することができ、それをもって、債務者が不当労働行為意思を有していたことを推認することが可能である。

(5) 前記第二、一、3、(8)記載のとおり、フィットファッションは佐藤をかに道の支配人に選任し、平成五年一二月一日に中野がかに道橿原店で佐藤を支配人と説明した。

その後、佐藤は、同(9)記載のとおり、同月八日新規就業規則などを従業員に手渡し、同日ころ従業員個々に新規時間給を提示し、同月一五日ころ従業員にキッチンメイト労働契約の締結を申出て、同(11)記載のとおり、同月二二日、キッチンメイト労働契約書に捺印を拒否している従業員に対し、かに道橿原店での就労と同店への立入を禁止した(甲一〇の一、甲二〇五の五、甲二〇五の六)。

同(9)及び(11)記載のとおり、その間、組合活動に参加する組合員が減り、組合脱退者が続出したが、それには佐藤の右言動が影響していると推認することができる。

また、同(10)記載のとおり、同月一八日組合は債務者に団体交渉を申入れすべく佐藤支配人に申し入れ書を交付したが、同支配人はこれを返してきた。

これら佐藤の行為は、フィットファッション関係者としてのものであるが、同社は、前記3記載のとおり、債務者と密接な関係があり、実質的には債務者の支配が及ぶ会社であるから、債務者側の言動と見做すことができ、債務者が不当労働行為意思を有していたことの事情の一つとして、判断の資料に加えることができると解される。

12  以上3ないし11記載の各事情により、債務者が組合に不当労働行為意思を有し、その意思のもとに、加えて、株の店頭公開(前記11(2)記載の中野発言中の「株式第二部上場を予定している」は、これを指すと認めた)を目指す立場から、債権者らをはじめ組合員が債務者名義の事業所に直接止まることを好まず、それ故に、債務者と密接な関係があり実質的に債務者の支配が及ぶフィットファッションに営業譲渡し、組合及び組合員の関係では使用者をフィットファッションとしながら、実質は、譲渡後も従前どおりに、債務者が、かに道を営業するとともに、関係先との取引ではかに道の取引主体となる経営形態にしたものと認めることができる。

したがって、本件営業譲渡は、不当労働行為に該当し、債務者とフィットファッション間では有効であっても、債務者及びフィットファッションと組合及び債権者らを含む組合員との法律関係については、有効のものとして取り扱うことができない。

13  労働者の同意

債務者の主張は、営業譲渡であれば、いかなる当事者間の場合でも、すべて労働者の同意をとる必要がなく、譲渡人の労働契約上の地位が当然に譲受人に引き継がれると主張するが、このような考え方は当裁判所の採用しないところである。

この点について、近代的企業においては、労働契約関係は企業と労働者との関係に化しており、使用者の個人的要素には影響されず、対人的信頼関係を基調とする個別的な雇用関係を眼中においた民法六二五条は、その限りで意義を失ったので、同条の適用がなく、労働契約関係は営業譲渡当事者間の合意のみによって引き継がれ、労働者の同意を要しないと同時に、特定の労働者を引継の対象から除外することができないとの見解が労働法学上支配的多数説で、これに沿う判例も多い。

これは、判例上営業譲渡当事者が特定の労働者を引継の対象から除外する事例が多くみられ、その承継拒否の当否の問題を論じてきたことによるが、当事者の意思解釈を中核として労働契約関係をとらえている労働判例の傾向と異質である。本来特定の労働者の承継拒否は、営業譲渡に伴う解雇問題であるとして、その解雇の効力を論ずべきところを、譲受人に引継拒否(解雇無効)の効力を及ぼす論理構築が容易なこともあって、営業譲渡に伴う労働者の引継の問題として論じたことによるもので、労働契約関係一般の法理との整合性に乏しい。

もとより、近代的企業においては、営業譲渡当事者間に、労働者を承継するについて明示又は黙示の合意があり、労働者がこの承継を黙示に同意する場合が通例である。だからといって、営業譲渡当事者や労働者の意思如何にかかわらず、譲渡人の労働契約上の地位が当然に譲受人に引き継がれると認定することは、当事者の意思解釈を中核として労働契約関係をとらえる立場からは、了解することができない。むしろ、営業譲渡時の関係者の意思を尊重し、営業譲渡当事者の合意内容とそれに対する労働者の同意を引継の要件としながら、意思解釈により前記多数説や同種の判例と同じ結論を導く解釈論をとるべきであると考えている。

この場合、営業譲渡当事者が特定の労働者を引継の対象から除外する特約をしたときの法的構成が問題になるが、その特約が例えば不当労働行為を含む公序良俗違反や有効要件を欠く整理解雇などに該当するときは、民法や労働法の立場から除外の特約を無効とし、当該労働者についても営業譲渡当事者間の一般的合意によって承継されると解すれば足りるのであって、民法上や労働法上その特約にかかる無効原因がないときは、除外の特約を有効とすればよいと考える。同様、営業譲渡においても、労働者の意思を尊重し、営業譲渡当事者の合意内容に対する労働者の同意を要すると解すべきであって、その同意は黙示で足りるが、民法上意思表示として有効なものでなければならないと判断する。

加えて、前記多数説や同種の判例は、使用者の個人的要素には影響されず、対人的信頼関係を考慮する必要のない労働契約関係を前提にしているから、この法理を採用するとしても、民法六二五条を排除するにはこの前提になっている事実が具備していなければならない。

労働契約関係は多様であり、中には、使用者の個人的要素を考慮しなければ、解雇の恐れや労働条件の低下など今後の労働契約関係の実質に重大な影響を与える場合がある。そして、譲渡人の企業規模が大きく、譲受人の企業規模がそれに比し極めて小さく、譲渡人と譲受人との間に著しい企業格差があるときは、この場合に該当する。

かかる場合、前記多数説や同種の判例の立場に立っても、民法六二五条が排除されず、労働者の同意なしに、譲渡人の労働契約上の地位を譲受人に譲渡することができないと解すべきである。

本件営業譲渡当時、債務者は前記2、(2)記載のとおりの企業であるに対し、フィットファッションは前記3、(3)記載のような会社で、資本金が、債務者が三億一七七四萬円であるのに対し、フィットファッションは二〇〇萬円、所謂加算後総資産も、債務者が六一億七六〇〇萬円であるのに対し、フィットファッションは三億四二〇〇萬円もあるものの、ほとんどが売掛金、商品及び前払費用で、固定資産は僅か五六万四一〇〇円しかなく(乙四七、乙五一)、従業員も、債務者が約二〇〇〇名であるのに対し、フィットファッションは若干名で、資本金、経営規模が著しく異なる。平成四年度総販売金額は、フィットファッションの場合四億九四〇〇萬円で(乙四七)、売掛金、商品及び前払費用との比率が低く、債務者が奈良県下での上位申告所得者で昭和六一年以降毎年奈良県年鑑に名が記載されている(甲二九の一ないし七)のに対し、フィットファッションの収益は、平成三年期損失一三五六万九四三三円(乙五〇)、平成四年期利益二五三八万九一一五円(乙五一)、平成五年期利益一五六六万五七四七円(乙五二)で、勿論奈良県年鑑に名が記載されておらず(甲二九の一ないし七)、収益率の差が著しい。

その上、かに道の損失額は、フィットファッションの平成三、四年期の当期利益の二倍の額に達するから、同社がかに道の営業を承継したとき、急速に経営悪化が見込まれる。

したがって、右法理により、労働者の同意が必要な場合に該当するから、いずれの考えに立っても、本件営業譲渡の場合、債権者らの労働契約上の地位がフィットファッションに引継がれるためには、債権者らの同意が必要である。

14  債権者らの同意の有無

債務者は、組合がフィットファッションと就労条件について団体交渉を行い、債権者らが、キッチンメイト労働契約書に署名し、平成五年一一月二二日から同年一二月二一日まで就労し、同社から給与、賞与の支給を受けているから、また牧野は債務者の健康保険証を返還し、フィットファッションの健康保険証を受領し、現に使用していたから、本件営業譲渡に伴う引継に同意したものであると主張する。

なるほど、前記第二、一、3、(8)記載のとおり、組合がフィットファッションと就労条件について団体交渉を行ったこと、同(6)記載のとおり、平成五年一一月二二日債権者らはフィットファッションから祝儀を受領し、同日から同年一二月二一日までかに道橿原店で就労したこと、同(9)記載のとおり、平成五年一二月一五日ころ牧野、中西、下御領、澤井は、それぞキッチンメイト労働契約書に署名していたこと、また牧野は債務者の健康保険証を返還して、フィットファッションの健康保険証を受領し、一時使用していること、また、債権者らがフィットファッションから平成五年一二月分の給与、同年年末賞与の支給を受けていることが認められる。

しかしながら、団体交渉については、組合はその結果も考慮して本件営業譲渡を仮装としたこと、祝儀の受領については、本件営業譲渡発表直後十分事態を理解しない段階のことで、後日同額の金員を返還していること(甲四〇の一、二、甲二〇五の六)、契約書については、その締結を納得することができず、押印を後日にと拒否していること(甲一二〇ないし一二三、乙二〇ないし二三)、健康保険証については、牧野は債務者の指示に応じて深く考えることなく健康保険証を返還した結果、通院治療に健康保険証を要するのに、フィットファッションからしか健康保険証の交付がうけられなかったので、仕方なくこれを使用していたが、債務者が右使用を引継の同意と主張するため、止むなく返還したこと及び同人の請求にかかわらず、債務者が健康保険証を交付しなかったこと(甲六一の一、甲二〇五の六)、給与等の受領については、債権者らは実質債務者から支払われたものと判断していたこと(甲二〇五の六)及び支給の時期が平成五年一二月二四日の奈良県地方労働委員会に救済申立てをした後であることが認められる。

したがって、債権者らが、本件営業譲渡が不当労働行為であると激しく反論しているときの、また、救済申立てをしているときの行為であって、債権者らが仮装といって譲渡を否定する明示の意思を示しているのに、その明示の意思に反し、かかる行為を黙示の同意と認定することができない。

加えて、本件営業譲渡が不当労働行為に該当する以上、債務者及びフィットファッションと組合及び債権者らとの法律関係では、営業譲渡を有効として取り扱うことができないから、仮に右行為が一般の場合労働契約関係の引継に対する同意と認定することができるとしても、本件の場合、同意の前提となる営業譲渡が効力がないので、右行為を同意と認定することができない。

したがって、債権者らが、フィットファッションの従業員たる地位を取得し、反射的に債務者の従業員たる地位を失ったものと判断することはできず、債権者らは平成五年一一月二二日以降も債務者の従業員たる地位を有しているものと判断される。

15  債務者の雇用関係の承認

前記第二、一、3、(13)記載のとおり、同年一二月二七日職業安定所で、債務者の取締役甲斐三男は、債権者らを解雇していないと説明し、債務者は債権者らに離職票を交付しなかったし、同(14)の記載のとおり、債務者は、平成六年一月一三日代理人を通じて債権者ら代理人に、債権者らを従業員として就労させる意思があると述べ、同(15)記載のとおり、同年三月一〇日、債務者は組合に、牧野につき本社総務での事務、梅村につき松阪か四日市支店での、中西につき京橋支店での、下御領につき東大阪での、澤井につき京都での各外務販売員を提案した。

債務者は、これらの行為は、債務者が円満解決を図るため、平成五年一二月二一日ころフィットファッションに債権者らを引き取ると申出て、同社との合意に基づきなした行為で、その法的性質は新たな採用であると主張する。

しかし、新たな採用であるならば、その前提として、債務者かフィットファッションが債権者らを解雇するか、債権者らが退職するか、いずれかの行為が先行しなければならないが、債務者はかかる事実を主張していないし、またそれを疎明するものもない。かえって、前記第二、一、3、(7)ないし(15)(但し、(12)、(13)を除く)記載のとおり、債権者らはこれら行為の前後を問わず一貫して債務者に就労を要求しており、新たな雇用の申込みをしておらず、勿論債務者の採用に応諾したこともない。同(13)記載のとおり、債務者が債権者らについて、その従業員たる地位を喪失したというならば、債務者は債権者らに離職票を交付すべきであると、組合が職業安定所に相談している席で、甲斐三男は債権者らを解雇していないと述べたことが認められる。また同(11)記載のとおり、同月二一日佐藤は債権者らにフィットファッションで働く気になればいつでも受け入れる旨を述べて、本件営業譲渡により同社が債権者らのかに道での従業員たる地位を承継したことを前提にした発言をした上で、これに同意しない債権者らを債務者が引き取ると申出ていると説明していることが認められる。

したがって、右各行為は、債務者がフィットファッションとの右合意で、債務者が債権者らを引き続き雇用することにしたことを前提になされたものと認められる。

16 よって、本件営業譲渡が不当労働行為に該当し、且つ営業譲渡に伴う労働契約関係の引継に債権者らの同意がないことを理由に、また平成五年一二月二一日ころ債務者とフィットファッションとの合意で、債権者らを債務者が引き続き雇用することにしたことを理由に、債権者らは、平成五年一一月二二日以降も債務者の従業員たる地位を有しているものと判断する。

二  争点2(賃金の支払い義務の有無)について

1  前記第二、一、3、(19)記載のとおり、債権者らは、フィットファッションによって、平成五年一二月二一日から、かに道橿原店において就労せず、翌二二日以降債務者のいかなる事業所でも就労していない。一方、債務者は、債権者らに平成六年一月分以降の賃金を支払っていない。

したがって、本争点は、不就労が、債権者らの責めに帰する理由によるか、債務者の責めに帰する理由によるかの争いである。

この点、債務者は、先ず、平成五年一二月二一日ころ、債務者とフィットファッションは、債権者らを引取り、債務者の被用者として取り扱う旨の合意をし、その旨フィットファッションを通じて、債権者らに伝えた、同月二七日甲斐三男が組合の小林執行委員長に対し、債務者での雇用を希望するならば、職種変更をしても受け入れると言明したと主張するが、前記第二、一、3、(11)及び(13)記載のとおり、ほぼこのとおりの事実が認められる。

これに対し、債権者らは、当初あくまでかに道橿原店での就労を要求したが、債務者とフィットファッションはこれを拒否し、前記第二、一、3、(11)記載のとおり、同月二二日、同日より債権者らのかに道橿原店への立入を禁止した。そこで、債権者らは、組合を通じて、同日以降も就労の意思があることを伝えた。

債務者は、債権者らの右就労要求に関し、債務者にとって商法二五条一項に規制され、橿原市付近で就労させることが不可能であるから、不能を強いる要求であると主張する。

しかし、前記12の判断どおり、本件営業譲渡は、不当労働行為に該当し、債務者及びフィットファッションと組合及び債権者らとの法律関係については、有効のものとして取り扱うことができないから、本件営業譲渡が有効であるとしての債務者の右主張は、他の検討をまつまでもなく、失当である。

また、債務者は、債権者らに平成六年一月一九日債務者の大阪本社へ出社することを求めたのに、債権者らはこれを拒否したと主張するが、前記第二、一、3、(14)記載のとおり、この事実が認められる。

これに対し、同記載によれば、債権者らは、一方的異動命令を受けに大阪本社へ出社する義務がないと指摘して、債務者に団体交渉を求めており、当時の状況や後記団体交渉の結果からみて、債権者らの右判断が正しい見通しに立ったものと認められるから、本件営業譲渡が不当労働行為に該当することも考慮すると、右拒否の後の不就労が、債権者らの責めに帰する理由によるものといえない。

前記第二、一、3、(15)記載のとおり、平成六年三月一〇日、団体交渉がもたれ、債務者は、勤務地及び職種に関し、牧野につき本社総務での事務、梅村につき松阪か四日市支店での、中西につき京橋支店での、下御領につき東大阪での、澤井につき京都での各外務販売員を提案し、勤務時間に関し、午前九時から午後五時までに変更することの了解を求めたが、債権者らは勤務地、職種、勤務時間ともに難色を示し、組合はかかる配転は組合活動を出来なくするものと反対したことが認められ、これによると、団体交渉中での提案であり、就労指示といえず、仮に就労指示と解しても、勤務地、勤務時間及び職種に関し大幅な変更を伴うもので、債務者の事業所には奈良県下に橿原本社と二事業所があることも考慮すると誠意ある提案とも考えられず、債権者らの拒否は正当な理由があり、右拒否の後の不就労も、債権者らの責めに帰する理由によるものといえない。

そして、全期間の不就労は、前記12の判断どおり、不当労働行為に該当する本件営業譲渡に起因すると判断することができるから、債務者の責めに帰する理由によるものであるから、債務者は債権者らに対し、平成六年一月一日からの賃金を支払う義務がある。

三  争点3(保全の必要性)について

梅村は、現在一人暮らしであるが、アパートの家賃、離れて暮らす実母(八七才)への仕送りの負担が大きく、月三〇万円の支出があるが、収入は月一三万円の共済年金しかないこと(甲二〇六の一)、牧野は、現在一人暮らしであるが、娘の結婚費用に蓄えを使い果たし、仕方なく平成六年二月末から同年四月末まで「実乃花」八木店でアルバイトをし、合計約二三万円の収入を、五月末から奈良市内でパートをし、月一〇万円の収入を得て、生計に役立てているが、平成六年六月現在すでに弟からの四〇万円、銀行のカードローンの五〇万円の借金をして生活を支えていること(甲二〇七、甲二一二)、澤井は、三人の子供との四人暮らしであるが、蓄えもなく、三人の子供の奨学金の返還が必要で、子供が家計に入れる金額よりその支払いが大きく、仕方なく平成六年二月二一日から高田サティ内「チャパトル」店員として長時間就労して、生計に役立てているが、月一五万円しか収入がなく、平成六年八月現在健康上の理由で勤務時間を短くしてもらう交渉中で、収入が減る見込みであること(甲二一〇、甲二一三)、中西は、子供一人との二人暮らしで、子供は就職しているものの、子供が家計に入れる金額は月約五万円で、親戚からの八〇万円の借金によって生活を支えていること(甲二〇九)、下御領は、夫と三人の子供の五人暮らしであるが、夫は土木作業員で収入が不安定で、蓄えは結婚した子供のために使い果たしており、現在は同居している三人の子供達から夫婦の生活費を借りていること(甲二〇八)が認められ、結局債権者らは、債務者での就労を希望し、債務者からの賃金で生計を立てなければ、従前どおりの満足な生活を維持することができないと認められる。

また、債権者らは、債務者が本件営業譲渡をし、債権者らをかに道から排除しなければ、月額に争いのない賃金、梅村の場合二三万七二〇〇円、牧野の場合二九万〇二一六円、澤井の場合二二万〇一三五円、中西の場合二三万三五三〇円、下御領の場合二三万六八〇二円を得ていたのである。

よって、債務者の主張を採用することができず、債務者に就労を拒まれたため、仕方なくアルバイトをしている債権者を含め、いずれも今後は勿論、平成六年一月一日から今日までの分を含め、右各賃金によって生活を維持するほかないことが疎明されているから、保全の必要性がある。

四  結論

よって、債権者らの申立てはいずれも理由があるから、保証を立てさせないで、これを認容し、主文のとおり決定する。

(裁判官田川和幸)

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